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第二話 謎の青年

last update Last Updated: 2025-05-17 21:10:50

 町は多くの人で賑わっていた。

 雑踏の中、雛は人混みを避けながら一人歩く。

 夕飯の買い出しへ出かけた雛は、賑やかな町の喧騒を尻目に落ち込んでいた。

 少し俯いて歩いていたせいで、人にぶつかりそうになる。

「すみません」

 雛が顔を上げると、目の前では青年が雛を見下ろしていた。

 鋭い視線に少し冷たい印象を感じる。

 青年は雛を一瞥《いちべつ》しただけで、何も言わずさっさと歩いていってしまう。

 不愛想な人だな、とその後ろ姿を見つめていると、突然雛は誰かに目隠しされた。

「だーれだっ」

 こんなことをするのは一人しか思い浮かばなかった。

「|若菜《わかな》でしょ?」

 雛が振り向くと、ニカっと歯を出して笑う|小野《おの》若菜がいた。

「もう、その反応つまんない。もっと、ビックリしてよ」

 唇を尖らせ、頬を膨らませるその姿は年齢よりも幼く見える。

 雛があきれ顔で若菜に告げた。

「だって、こんなことするのは若菜くらいだもの」

「いいじゃん、私たち親友でしょ」

 そう言って、いたずらっ子のような表情で嬉しそうに微笑む若菜。

 若菜の笑顔が雛は大好きだった。何でも許したくなってしまう。

 若菜は雛の幼馴染で親友。

 他の女の子たちより元気に外で遊ぶことが好きな雛は、他の子たちから浮いていた。

 しかし若菜はそんな雛にピッタリな|男勝《おとこまさ》りな少女だった。

 剣術の相手もしてくれたし、外で魚釣り、泥遊び、かけっこ、鬼ごっこ、男子が好きそうなことを若菜は楽しそうに雛と遊んでくれた。

 彼女の性格はとてもサバサバしていて、雛と波長が合う。

 若菜といると心地がよかった。

 彼女といる間だけは男とか女とか、考えなくていい。

「雛、なんだか暗い? どうしたの?」

 雛が何かに悩んでいることに気づいた若菜が心配する。

 昔から、彼女には隠し事ができなかった。

「また、父さんと喧嘩したんだ……」

 雛が父との喧嘩の内容を説明すると、若菜は怒りを露わにする。

「ほんと、信じられない。なんで皆男だからとか女だからってこだわるのかね!

 雛、負けるんじゃないよ。

 大丈夫! 雛が常識を塗り替えてやれっ」

 若菜が力強い眼差しを向け、雛を励ます。

「ありがとう、若菜……」

 若菜の言葉には力がある。

 雛はいつも彼女の存在に救われていた。

「私、雛はたくさんの人を救える力があるって思う。

 きっと、世の中を変えていく一人なんだって。

 雛は本当に人のことを思える優しい人間だ。そんなあんたのような子が、今の世の中必要なんだよ」

 若菜は真剣な表情で語る。

 雛は嬉しくて涙ぐんだ。

「若菜が友達で……本当に良かった」

「何言ってんの! あったり前でしょ」

 二人で笑い合っていると、突然怒鳴り声が聞こえてきた。

「おい! 貴様、よくも私の着物を汚したな!」

 声の方へ視線を向けると、武士かお侍だろうと思われる人物が、身なりの汚い男性を見下ろしていた。

 見下ろされている男性は、その恰好から|乞食《こじき》だと推測できた。

「貴様がぶつかったせいで、私の着物が汚れてしまったではないか。どうしてくれるっ」

 そんな些細なことで、と雛は怒りを覚えた。

 しかし、武士や侍はお高くとまっている|輩《やから》が多いのも事実。

 こういうことは、よくある光景だった。

「も、申し訳ございません。どうかお許しを」

 怯え震えながら土下座する男に向かって、武士らしき男が告げる。

「そうだな、おまえに罰金を申しても無理な話だろう。

 ならば親族から徴収するまでだ」

 そう言われた乞食の男は慌てる。

「それだけはお許しを! 家族には迷惑をかけたくないんです」

「ええい、うるさい! 私に歯向かうつもりか! ならば貴様の命で償え」

 男が刀に手を伸ばす。 

「やめなさい」

 雛は一瞬の隙に男の背後に行ったと思うと、その腕を掴んでいた。

 いつの間にか背後にいた雛に驚いた男が、大きく見開いた目で雛を見つめる。

「なんだ、おまえは?」

「私はただの通りすがりの者です」

 男は眉を寄せ、不快そうな表情をする。

「おまえに用はない、女が口を挟むな」

 その言葉が、雛の怒りを買ってしまった。

 遠くから見守っていた若菜が、あっちゃーという顔をする。

「女だからって……舐めない方がいいですよ」

 雛の生意気な態度に、男の顔が歪む。

 こんな年端もいかない少女に口ごたえされ、彼のプライドは傷ついていた。

「貴様も、大人を舐めない方がいいぞ」

 男が刀を抜き、雛めがけて振りおろす。

 雛の目つきが変わった。

「そこまで」

 先ほどの雛同様、いつの間にか雛の背後にいた青年が、男の刃を|脇差《わきざし》一本で受け止めていた。

 刀と脇差、この組み合わせに周りで見物していた人々は驚きの声を上げる。

 誰が見ても、謎の青年の実力は計り知れない。

 刃がこすれ合う音が響く。

「貴様、何者だ! こいつの仲間か」

 男が怒りにまかせて謎の青年に向かって叫んだ。

「私も、ただの通りすがりの者ですよ」

 そう微笑む彼の目は、他の者とは違う何かを感じる。

 目は笑っているのに物凄い殺気を放っているのだ。

 男は身震いした。

 こんなに恐怖を感じたことは初めてだった。

 こいつは本物だ、本能がそう叫んでいた。

 男は静かに刀を引いていく。

「関係のない者が、口を出さないでいただきたい」

 負け惜しみに吐いた男のその言葉に、雛が反応する。

「しかし! 先ほどのあなたの言動は容認できません。服を汚されたくらいで、あの仕打ちは酷いでしょう」

「そ、それは」

 男は雛に言い返そうとしたが、側にいる青年が恐く、強く言い返すことができずに口をつぐんだ。

「今日は勘弁してやる!」

 そう吐き捨てると、男は急いでその場から去っていく。

 周りで高みの見物をしていた人たちも徐々に散っていった。

 雛はまだ震えている乞食の男に優しく手を差し出した。

「大丈夫ですか?」

 乞食の男は泣きながら雛に|頭《こうべ》を垂れる。

「本当にありがとうございました、あなたは命の恩人です。何かお礼を」

「そんな、何もいりません。当たり前のことをしたまでです。

 何事もなくてよかった。

 これからは気を付けてくださいね、ああいう連中もいますから」

 いつまでも頭を下げ続ける男に手を振り、雛はその場をあとにする。

 ふと先ほどの青年のことを思い出し、辺りを見渡してみるが、もう彼の姿はどこにも見当たらなかった。

 事の成り行きを遠くの方から見物していた若菜が、雛に近づいてくる。

「雛、よかったね、あの男すぐに逃げてくれて。

 まあ、雛が負けることはないと思うけど。あんまり騒ぎが大きくなると、あとで面倒だもんね。

 ……ね、それよりさっきの人誰? 知り合い?」

「ううん、知らない人」

 背後に立たれたので、青年の顔はよく見えなかった。

 しかし、あの気配……相当の実力の持ち主だと感じた。

 あの殺気……今まで会ったどの剣士よりもすごかった。

「でも、あの人強そうだったよね。あいつビビってたもん。

 雛といい勝負だったりして」

 若菜は冗談で言ったつもりだったが、雛は真面目な顔をして神妙に頷く。

「うん、かなりの実力者だと思う……」

「え? マジ?」

 若菜が驚いて雛を凝視する。

 雛は青年のことを思い返しながら一人歩き出す。

 その後ろを追いかけるように、若菜が雛のあとに付いていった。

 少し離れた物陰から、先ほどの青年が雛たちを目で追っていた。

 しばらくして雛たちが見えなくなると、青年は暗闇の中へと静かに消えた。

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